≪BY ニドウ≫
様々な場面で不平・不満を持つ人たちがいる。
仕事がない。仕事がうまくいかない。人間関係がうまくいかない。恋人ができない。病気が治らない。人それぞれ千差万別の不満を身内に持つている。
その時、誰かの、人せいにしていないだろうか。
心の中で、「私に比べてあの人は恵まれている」「今の社会が悪いんだ」「あの人が私を理解してくれないから」「私は不運である」
「人のせい、社会のせい、運命のせい」にする。これが「自分を慰めるための思考」でありエゴと呼ばれるものです。
しかしエゴはそのように理由づけするけれど何も解決できない。エゴは「自分」を正当化することが役目だからです。注意しなければならないのはこの時の「自分」とはエゴ自身のことなのです。
そしてもっと大事なことは「現代人はこのエゴ(その思考)を自分であると勘違いしていることです」
もともとエゴは命・身体を守るための優秀な機能なのです。
様々な経験を通して「こうすればこの身体と心は安全で楽である」という無意識の知識を積み上げていく事ができるのです。
しかしその反面、生命・身体を守るということは危険を察知し回避することですから、基本的に「こうすれば危ない」という不安をベースにしたものになります。行き過ぎると常に不安を探しているということになります。エゴを自分と勘違いした現代人は、不安を抱えながら生きている状態なのです。
不安が解消されないエゴ(自己)を抱えている人は不満・苦悩・怒りを抱えつつ生きることになります。それに対し前向きに解決できる人はいいのですが、出来なかったり失敗を繰り返した人に、エゴは「君は悪くない〇〇が悪いんだよ」と慰めてくれるのです。が解決にはなりません。
こんな目にあうのは、「何か、あるいは誰かのせいだ」と考えている限りどうすることもできないのです。
「私の責任だ」と自覚した時はじめてそれを変えられるのです。つまり「エゴ」の考えから離れることができるのです。
エゴから離れると当たり前の解決方法が見えてきます。
「自分のしていることを変える方が、他者がしていることを変えるよりずっと簡単なのです。」
エゴイストの遺伝子をもつ女
2012年6月28日 5:29 PM現代生物学では、全ての生物は自分の遺伝子だけを残すことにだけの『身勝手な遺伝子』のおかげで現在の種(ホモサピエンスを含む)が存続しているそうなので、私も「エゴ」の塊のような遺伝子を持っているのに違いありません。
体には「エゴ」遺伝子を持っていても、精神は「エゴ」「身勝手」の類が全て無くなった人間になって見たいものです。
どうすればなれるでしょうか?
ニドウ
2012年6月29日 10:28 PM世界で最も有名なスピリチュアルマスターの一人「エックハルト・トール」によると、自分の意志と関係なく頭の中で渦巻く「思考」を停止させることがファーストステップだということです。
でも日本では昔から禅宗で座禅をすることは「無になれ。自分(自我)を捨てよ。放下せよ」と教えています。
言うは易し、行うは難(かた)し! デスヨネ・・・・・