1998 ネパール(6)

by ハッチョ

カトマンズの商人【其の一】

「シャチョウサン、シャチョウサン」

くせのあるアクセントで、おそらく東南アジアでは共通語になっているであろう日本人観光客への呼称をささやきながら、二十歳前後の青年が擦り寄ってくる。

ほこりっぽいカトマンズの町を群れて歩く、12名の中年グループの中から、どういう基準で選ぶのか私と2歳年上のTは頻繁に声をかけられる。

青年は大事そうに抱えたショルダーバッグを少しだけ開けて、新聞紙で幾重にも包まれた品物を、あたりを憚りながらこっそりと我々二人だけに見せる。

「我が家の家宝。だが訳あって売りたい。2万円で買ってくれないか。」

見れば材質はよくわからないが、手の込んだ竜の彫刻を周囲に施した、丼ぐらいの大きさの真っ黒い鉢である。

「何で出来てるの」(私)

「水牛の骨です」 と青年が答える。

「水牛の骨や言うとるで」(T)
「水牛は角も体も真っ黒やけど、骨まで黒いんかぁ」(私)

嗚呼。 こうなると旅行ボケだけかどうか疑わしい。骨は白いだろ?

何となく良さそうに見えるが2万円は高い。
ここはネパール。貨幣価値は感覚的に20~30倍。
日本でなら40~50万円の値打ち物。
我々二人は「ちょっと高いよなー」

彼はひるまない。
「18,000円」、「16,000円」と値を下げながら、
片言の日本語と英語でカニのように横歩きしながらついて来る。

「14,000」、「12,000」、「10,000」どんどん下がる。
鍛えぬかれた蟹歩きで我々の前に回りこみ、何とか売り込もうとする。
(もう少し下がれば買おうかな・・・と、少し心が動き始める)

彼が商いをはじめて10分近く過ぎた頃、突然露店の並ぶ境内のような広場に出た。市場だ。
様々な品物が所狭しと積み上げられている。

ふと目をやると、くだんの彼の「家宝の鉢」が無造作に100個ほど重ねてある。

思わず店主の老女に聞く。「これいくら?」
「800円だよ」無愛想に答える。
私とTは顔を見合わせる。出だしがこれなら売値は半値の4~500円以下。

「ナニ~」
我々二人は同時に振り向いたが彼はいない。影も形も見えない。
青年は知らぬ間にカトマンズの埃と喧騒にまぎれ姿を消していた。
きっとこの市場までの間が彼の商売エリアなのだろう。

あの青年、今頃はきっと次の商売相手(カモ)にくっついて、蟹歩きしながら「家宝」を売り込んでいることだろう。

私も思わず買うところだった。日本人なら10人に1人くらいは買うかもしれない。
売れた時の彼の笑顔を見てみたかった。
買った日本人が、市場で「家宝」の山を目にした時の顔も見てみたい気がする。
すんでのところで皆の笑いものになるのを免れた私は、意地悪く考えるのであった。

 

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