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メダルラッシュ続く!?

《BY パックマン》

なにこのロンドンオリンピックでの日本の活躍!金こそ少ないものの銀でも銅でも立派なもの。
日本が強くなったの? なぜ? いつから?

サッカーや野球などプロリーグのあるスポーツが強くなっていくのは納得ですが、アマチュア競技はそうは行かない。
「日本人は肉体的資質の点で、白人種や黒人種には叶わないのでは」という見方さえ広がったほど勝てない競技がある。
特に陸上の短距離走や跳躍競技がそうである。球技や格闘技などでルール的に体格の大きいほど有利ものもそうである。

だが今回の日本の躍進を見ているとどうやら肉体的な資質にはそんなに差がないと思えるようになった。
じゃあ今回の好成績はなぜだ?

これまで一部の全体主義的国家が「国威発揚」のために国家政策としてスポーツエリートを育てあげ、オリンピックでの活躍を国家戦略としてきた。また後進国で立身出世の道がスポーツしかなく人生をかけてスポーツに打ち込むケースもある。
彼らがオリンピック競技全てとは言わないが、かなりの部分を席巻してきたのが近年のオリンピックだった。

どうやら、その全体主義国家や後進国が経済的に発展してきて、かつての構図が崩れてきたのではないか、というのが私の想像である。
つまり日本の躍進は、「他の国の人たちが特にスポーツに力を入れなくてもよくなった」 からである。
人種・民族間の資質的優劣に差はない。(体格差はあるが)
今回のオリンピックが普通でこれまでが異常だったのだ。

随分気の早い話だが、次回のオリンピックもこれまで以上に日本勢が活躍するでしょう。

オリンピックの判定が変だよ!

≪BY 老師≫

今回のロンドンオリンピックは後世に物議をかもしそうです。
不可解な判定が多すぎるし、首を傾げる処置は理解に苦しむ。

考えられない柔道の判定とそれに続くビデオ審査判定員による抗議と決定の変更。
体操競技でも日本に有利な判定に覆ったのだが、日本選手の技の加算点漏れ。

これらは審判員の技術不足ということでしょうが、きわめつけは決勝リーグでの対戦相手を考慮し「わざと負けようとした」バトミントンのチーム4チーム8人の「大量失格処分」

これはよくあることで「なでしこジャパン」だって決勝リーグのことを考えて「勝ちにいかなかった」

確かに彼女たちのバトミントン試合はチャランポランで見るに堪えられないひどい内容だった。観客にとっては迷惑だったろうと思う。
しかし、無気力試合が「失格」に相当するなら、当然運営側はそのことを試合前または試合中にでも選手に伝える義務がある。
そもそも「無気力試合は失格」というルールがあるのかどうか?

彼女たちがダラダラとゲームを続け、運営者も注意をしなかったということであれば「成文化されたルール」はないんだと思う。

「無気力試合はスポーツマンシップにもとる行為で失格に当たる」と運営者側が判断するならそれはそれでいい。
ただ、選手たちにそのことを伝えなければならない。伝えないでおいて突然失格を言い渡したのならこれは運営者側の大黒星である。

もともとスポーツマンシップにほど遠い中国・韓国のチームが3チーム含まれているとはいえ、このような形で権利をはく奪するのは酷すぎる。
せめて今回の場合は再試合の機会をあたえなければ、今後審判の恣意的判断で「無気力試合で失格」という異常事態が起こりかねない。
「ロンドンオリンピックは失敗したオリンピック」といわれるかもしれない。

埼玉県の大人「いじめ」事件

《BY WEBラジオ》

子供社会の「いじめ」が大きな問題になっているが、大人になってもやはり「いじめ」はある。
埼玉で「いじめ」を受けていたと思われる33歳の男性が他殺体で発見された。「警察に被害届を出していたのに殺された」異常な事件である。
大人であれば刑事罰の対象になるので、いじめられる側にも警察に訴えるという対抗策はあるのだが、その警察が本当に市民の味方かどうか、埼玉の事件は大きな問題を提起している

昨年松山市で起きた事件だが、ある介護職の女性の訪問先である老人宅に、その介護職の女性の夫が訪れ、暴力を振るった。認知症の老人の前で妻を殴る蹴るの暴行はもとよりどうやら刃物も持ちだして暴行したようだ。現場に血溜まり多く有ったらしい。

結局被害に会った女性は近くの駐車場まで逃げ、倒れていたのが発見された。入院先に尋ねたら、顔は殴られて晴れ上がりアザだらけ、指も切られ包帯でぐるぐる巻きの痛ましい姿。
暴力を振るった夫は「精神的におかしい。鬱病じゃないだろか」といわれていたようであるが、この事件の後の警察の対応はひどかった。

暴力を振るった夫が「入院先を訪ね暴力を振るうかもしれないので病院に注意するようにて言ってくれ」と警察に頼むと「必要ならする」と木で鼻をこくったような返事。
仕方がないので病院に行き婦長さんに訳を話し、特別に名札を変えてもらって本人とわからなくした。案の定病院に二人連れの男が来て病院内を調べまわったらしい。

夫の住所・連絡先は全部分かっているので「すぐ調査してくれ」というと「あんたらの指図は受けない」
その代わり次の日、介護事業の責任者が警察に呼ばれ丸一日事情聴取を受けた。
何で被害者側ばかりに負担をかけるんだ?夫は調べたのか?先に調べろよ!

警察の言い分は、被害者である妻が「刑事事件にする」「告訴する」と意思表示しなければ動かないということらしい。
食い下がろうとしたら「警察は色んな事件を抱えて忙しいんだ」といわれてしまった。
これは妥当な判断なのか?家庭内暴力や幼児虐待そして「陰湿ないじめ」の場合でも、「被害者が助けてくださいと警察に文書カなにかでお願いしなさい」と言ってるのでしょうか?そうすれば本当に助けてくれるのか?

埼玉県で川島一郎さんと言う方が他殺死体で発見された。
この方は「2人組みの男に複数回殴られた」と5月に埼玉県警西入間署に被害届けを提出していたという。
5月に被害届を出した男性をなぜ警察は守れなかったのか? 何らかの理由で守らなかったのだろう。 でなければ殺されるような事態が起こるはずがない。
入間署は「川島さんは詳細な説明を避ける様子もあった」と発表しているようだが、あやしい。すでに自分たちが追及されることを恐れて予防線を張り始めているのだろう。
埼玉県警は本当のことを話さないだろう。大津市の教育現場と同じでしょう。

大人の社会でも「いじめ」はある。しかし警察が真剣に取り上げなければ子供の「いじめ」よりさらに悲惨な結果をもたらす。
大津市の「中学生のいじめ自殺」で学校・教師・教育委員会・警察は責任逃れに終始した。
この埼玉県警西入間署は、大きな問題を抱えているに違いない。被害者は「2人組みの男にズーット暴力を振るわれて”いじめ”られている。何とかしてくれ」と大人社会のルールで救いを求めたのだ。
結果的に警察はこの「いじめ」を防げなかった。おそらく防がなかったに違いない。市民の被害届を無視した警察の犯罪行為である。これで又国家権力である警察と戦わなければならない遺族が増えてしまった。

埼玉県警西入間署の犯した罪は大きい。だが「一体誰がこの警察の犯罪という闇の真相を晴らせるのだろう?」と考えたときまことに憂鬱な気持ちにならざるを得ない。

オスプレイ配備は米の権利

《BY KEI》

在日米軍の軍備は安保条約で米軍に選択権がある。オスプレイ配備を止めるには日米安保条約を破棄しなければならない。これがまず基本である。

オスプレイは反対派が行っているように本当に危険な事故の多い期待なのでしょうか?
オスプレイは見るからに操縦は難しそうであるが、見かけで判断してはならない。

オスプレイには空軍使用CV22 と 海兵隊使用のMV22がある。
事故率は10万飛行時間に南海事故を起こすかと言う形で数値化されるが、CV22は13,47、これは事故が多いといわれている垂直離着陸機ハリアーの6.67の倍だから確かに多い。
一方MV22は1.93と他のヘリコプターの平均4.15よりかなり低い。
海兵隊所属航空機(ヘリを含む)の平均2.45よりもかなり低い。

よく映像で流されるオスプレイが地上間際でコントロールを失い地面に激突する映像は「開発中の試験飛行」時のもの。飛行機の開発、特に軍需用の戦闘機などには普通にある話。

しかしこんな話「反対派」の人たちには何の説得力もないでしょうね。
「事故の確率は0じゃない。だから危ない。配備反対」
「事故が多いから」と論陣を張っておいて「事故が多いかどうかなんて関係ない。0じゃないのが問題」といい始めるに決まっている。
それならば、日本中の空港を「国外、最低でも県外」へ移さなければならないはずなのに、なぜかそこまでは知恵が回らないようです。

「日本軍は組織的に中国人を大量虐殺した」といながら、証拠がないとなると「いや数が多いかどうかの問題ではない」といいはじめる。軍の命令もないと判ると「軍の関与が疑われる」と新たな物語を作り始める。

つまりこの人たちは「軍国日本は悪い事をしたに決まってる。なぜなら被害を受けたほうが受けたといってるから間違いない」と主張する人たちなのです。
そして「被害を与えた悪い日本人」がいたが、「私達はそれを糾弾する正しい日本人」だといっているのです。

自分を正しい日本人と見てもらうために「極悪非道な日本人」がいなくては自分達の正しさが証明できなくて困る人たちです。

事のついでに「普天間基地移設反対」運動をしている人たちにも一言。
普天間基地周辺に住宅地が多いから「基地をなくせ」と言ってる人たちが、「小学生だけでも安全なところで授業を受けてもらおう」と小学校の移設をしようとしたら、反対派の人たちは「基地反対のシンボルがなくなる」と移設に反対しました。
彼らにとって「危険だから」と反対しながら、自分達の運動の方が大事で「小学生の命」は「いつか犠牲になってもらった方が自分達の主張の正しさの証明になる」と考える道具でしかないようです。

辺野古移設には環境破壊まで持ち出し反対しています。では人命と環境破壊の二者択一ならばどう考えるのでしょうか。
彼らの意見は「基地さえなければいい」と言うことなのでしょう。
日本の国防・国益と言うものには目もくれない理想主義者ともみえますが、それ程の理想主義者の皆さんであるなら、まずその主張をする前に中国・ロシア・アメリカに向かって「あなた達愚か者。核兵器を含む軍備を全廃しなさい」と主張するのが先だと思うのですが、それをせずに「日本だけ軍備をしてはならない。日本が軍備をしなければ戦争は起こらない」というご宣託は、私には詐欺師同然の作り話にしか聞こえません。

明の上奏文に「尖閣は琉球」

≪BY WEBラジオ≫

中国が領有権を主張し始めた尖閣諸島が実は明の時代から「琉球王朝に所属する」と記された中国側の資料が見つかった。もっとも今の中国は明と何の関係もないのだが、彼らが理不尽に「明代から我が国の領土」と言い続けた主張が完全に覆されました。
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産経新聞 2012/07/17 10:13
尖閣諸島(沖縄県石垣市)のひとつ、大正島について、中国・明から1561年に琉球王朝(沖縄)へ派遣された使節、郭汝霖(かく・じょりん)が皇帝に提出した上奏文に「琉球」と明記されていたことが、石井望・長崎純心大准教授(漢文学)の調査で分かった。
中国は尖閣諸島を「明代から中国の領土で台湾の付属島嶼(とうしょ)だった」と主張しているが、根拠が大きく崩れることになる。

尖閣の帰属に関しては1895(明治28)年に日本が正式に領有した後の1920(大正9)年、魚釣島に漂着した中国漁民を助けてもらったとして中華民国駐長崎領事が石垣の人々に贈った「感謝状」に「日本帝国八重山郡尖閣列島」と明記されていたことが明らかになっている。明代にも琉球側と記していた中国史料の存在が明らかになるのは初めて。

上奏文が収められていたのは、郭が書いた文書を集めた『石泉山房文集』。
このうち、帰国後に琉球への航海中の模様を上奏した文のなかで「行きて閏(うるう)五月初三日に至り、琉球の境に渉(わた)る。
界地は赤嶼(せきしょ)(大正島)と名づけらる」と記していた。現在の中国は大正島を「赤尾嶼(せきびしょ)」と呼んでいる。

石井准教授によると「渉る」は入る、「界地」は境界の意味で、「分析すると、赤嶼そのものが琉球人の命名した境界で、明の皇帝の使節団がそれを正式に認めていたことになる」と指摘している。

加速して落ちる日本で「いじめ」は続く

《BY WEBラジオ》

何度も同じ問題が繰り返される。普通の社会ならありえない。
日本社会の堕落が加速しつつあるとしか言いようがない。

もし日本が安定した状態なら、一般社会であるならいざ知らず「教師」という職業人が管理する「学校」という閉鎖社会で、これほど同じ問題が繰り返されるとは思えない。
よしんば一定の割合で堕落・低落しつつあるとしてもそれは一種の安定状態で、悲惨ないじめを防止することくらいはできそうだ。

教師は大学を卒業して40年近く教職にあると仮定すれば、過去の「いじめ問題」の経験・知識は蓄積され維持されるものと期待します。
そのような経験を持つ教師の存在は「いじめ」の繰り返しの防止になるはず。

しかし今回の大津市の「いじめ問題」で、再発防止に責任があると思われる教師・学校・教育委員会・警察等の対応は、過去のケース以上に隠蔽・ごまかし・責任逃れに終始している。
見る者聞く者の心に抑えようのない怒りを生じ、深い傷を与えている。

もはや、彼らは「加速しつつ堕落しているに違いない」と信じざるを得ない。
偉そうな事をいうつもりはない。
それは私を含む日本社会全体が「加速しつつ堕落している」という事なのだから。

彼らのコメントには、「自殺した生徒の家庭の問題」を匂わすようなものがある。
部外者には知るよしもないが、いずれ明らかになるだろう。

家庭に少々の問題があろうとも、13歳の子供が簡単に死を選ぶとは思えない。
いや、もし「家庭環境に問題がある」と認識していたのなら、彼らは当然救いの手を伸べる立場にいたはずの人達で、それをせず可能性をあげつらうとは精神的に未熟すぎる。
このような事件を見ると、もはやこの社会は救いようがないのかと思ってしまう。

一体日本社会で何が崩壊しているのだろう?
かつてテレビが登場した時「一億総白痴化」と警鐘を鳴らした大宅壮一は今の社会を見通していたのだろう。
テレビが家庭に登場し、自分で深く考えることをしなくなった日本人は、NETの登場でさらに受身になり、ネットやテレビで垂れ流される情報をまるで自分が考えたかのように身内に取り込んだ。

だがそれはあくまで借り物に過ぎない。借り物の思考の中で、無自覚な自我(エゴ)が肥大化している。
エゴは致し方なく浅ましいものである。そのエゴを自分自身と錯覚して事に当たって右往左往しているのが今の人間である。
日本人みんなが「自分」を見失い、だからこそ「自分探し(の旅)」などと大の大人が平気で口にする時代となった。

人間とは、本当の自分とは、本来もっと気高く高貴なものである。
目を背けたくなるような浅ましい自己弁護とは無縁のものである。
本当の自分は、「いつか、どこかで、なにかをなしとげれば手に入る」 といった性質のものではない。

「自分」 という 「生命、いのち」 をもっと真剣に見つめなければ得られない。
そうしたからと言って必ず理解できるものではないが、エゴはずっと小さくなるはずだ。

日本だけなのだろうか?
そんなはずはない。ネットで瞬時に結ばれる世界で日本だけが独自に動くことなどありえない。
日本の政治が停滞しているといわれて久しいが、後を追うように先進国の政治状況はどんどん日本化している。
高齢化もデフレも、今や未来の世界の姿は日本が世界に先駆けて現実化していると見た方が良い。

だとすれば、この混迷からの脱却も日本がいち早く実現するだろう。
150年前、世界に目を向け瞬く間に世界を追いつき、70年前一度は挫折したものの脅威の努力で世界トップに追いついた日本である。
日本が発展するその源泉は国民性にある。
日本にはそれほど素晴らしい精神文化としての遺産がある。
今、日本人・一人一人が、日本の精神文化を見直さなければならない。

 

天声朝日、正体不明の高官談話

≪BY KEI≫

東京都の石原慎太郎知事(79)が13日の会見で、朝日新聞の報道に怒り爆発。

朝日新聞は13日付の朝刊で、「高官」を情報源として政府が都による尖閣諸島(沖縄県)への上陸許可を認めない方針を固めたと報じたからだ。

一方、藤村修官房長官(62)もこの日の会見で「(上陸不許可の)方針を固めた事実は全くない。そういう議論をしたことも、検討したこともない」と否定。

都は地権者と交渉を進めているが、価格決定には現地調査が必要で、上陸には国の許可が必要となる。会見で同紙記者が自社の報道 について質問すると、石原氏は「出所の分からない情報を基に質問するのは失敬だ」と憤慨した。
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石原都知事のご立腹はごもっとも。左翼新聞がよくやるパターン。
高官というからには、公職についてそれなりの立場にある人間のはず。
「高官」などといわず、きちんと名前を上げて報道するべきです。

「尖閣への上陸を認めない」と言い切れるなら、当然、所属部署と役職は推測できる。
名前を使われた政府は、しらみつぶしに調査し、該当者がいなければ(居るはずがない)、朝日新聞を虚偽報道で訴えるべきです。

朝日新聞はこれまでも「ねつ造記事」を数多く掲載して来た前科があります。
私の推測ですが、朝日新聞社は、「高官とは中国政府の高官」と言い逃れをするのじゃないかと思います(笑)。
もしそうであれば、朝日新聞は尖閣は中国領と主張していることになりますね。