カテゴリ:読者の作品&ネットで発見の投稿欄

ドロー(4)

by ハッチョ

相手の手札を見てニーノの動きが止まった。

ニーノの顔は良く見えないが相手の顔つきからすると、
どう見ても彼の”引き分け”かそれ以上ではないのか?

しかしニーノも只者ではない。動じる気配はない。
ギャッと言わない、立ち上がらない、敬礼もしない。
何事もなかったようになにやら楽しそうに話している。

ここからは私達の想像である。

どうやら二人で、微妙な優劣を競うために穏やかに談笑しているのだ。
滅多にない階級証同士の優雅な闘争の後、
ニーノが得意の英語で五分五分かそれ以上に持ち込んだのだと思う。
ニーノが立ち上がり笑顔で握手をして別れる。

トッチャンと私は何も言わない。ニーノも言わない。

そりゃあそうだ。
どちらも”ギャッといって立ち上がり敬礼する”事はなかった。
引き分け、ドローである。
つまりこのいたずらは不成立。何も起こらなかったのである。

フィリッピンのビール・サンミゲールはことのほか美味いのだが、
あの時だけはニーノには少しほろ苦い味がしていたのか・・・・・?

いや、底抜け・そこのけ「ニーノ」に限ってそんなことはありえない。
こんなことでめげるタマではないのだ。痩せても彼も一匹狼の旅行者社長。
サアー!次のお楽しみと行こうじゃないか。


ドロー(3)

by ハッチョ

ニーノが彼のテーブルに行き腰を掛けて話し始めた。

残された私とトッチャンは小さな声で、
「何やあれ?」
「ニーノのオッチャンも妙な物持っとるな」
「夜店で買うたんとちゃうか?」

二人はビールを舐めながら横目で成り行きを見守っている。
ついにニーノが例の物を取出した。何を話しているかは判らない。
どうせ英語だから隣のテーブルにいても判らない。

やおらニーノは、ポーカーゲームで勝ちを確信したギャンブラーが自分の手札を見せる時のように、
ゆっくりと彼の前に自分の階級証を開けて置いた。

その途端、相手は”ギャッ”といって立ち上がりニーノに敬礼する、
ことを我々はホンの少しだけ期待していた。

ニーノの手札を見た相手は、立ち上がった。
しかし立ち上がるには立ち上がったが不敵な笑みを浮かべている。
何か変だ。
そして、おもむろにズボンの後ろポケットから札入れを取り出した。
ゆっくりと座りなおして札入れの中の自分の手札を開帳した。

なんと彼も同じような階級証を持っていたのだ。

一瞬ニーノの動きが止まる。
私とトッチャンは噴きだしそうになったビールを懸命にこらえた。(続く)



ドロー(2)

by ハッチョ

「あんたらにええもん見せてやるわ」

「わしは実はフィリッピン軍の仕官なんや」(????)
といって見せてくれたのはどうやら軍人の階級証のようなものらしい。
なんで日本人のニーノがフィリッピン軍人なんだ? 日本人じゃなかったのか?

ニーノには謎が多い。「謎の日本人(フィリピン人?)」ニーノ。
怪傑ハリマオみたいだ。
(「怪傑ハリマオ」を知っている人は、団塊世代と呼ばれる世代である)

「もっと下の階級の奴は結構多いんやけど、わしほどの階級の者は滅多におらん。」

「これを見せたら、たいていの奴は”ギャッ”と言うて敬礼しよるわ。」

「ちょっとさっきの奴に見せて”ギャッ”と言わしてくるわ」

この旅行で、グループで唯一の独身者トッチャンに15歳の嫁さんを世話しようとしたニーノ。
底抜けに、親切でサービス精神旺盛で働き者のニーノは、トッチャンに嫁を世話しただけではまだ足りないと思ったのか、再度いたずらを仕掛けに行った。

どうやら件のイケメンフィリピーノが”ギャッと言ってニーノに最敬礼する姿”を見せたいようだ。(続く)



ドロー

by ハッチョ

その昔、高校の登山部だった生徒達と恩師がフィリッピンへ旅行に行きました。

大阪で旅行会社を営む最年長のニーノが、
「世界には美しいところが山ほどある。
僕は君らにその美しい風景を見せてやりたいんや」
精力有り余るニーノが発案したありがたい計画で始まった旅行会の時のお話。

旅先フィリッピンはニーノの庭のような「第二の故郷」とでもいうべき国。
「ニーノ」という名前も現地の人が彼を呼ぶときに使う愛称から来ています。

そこで、2こ上の先輩トッチャンとニーノと私の3人が、レストランの屋外テラスのような場所で、丸いテーブルを囲んでビールを飲んでいたときの出来事。

そこに、端正な顔立ちのフィリッピン人の男性が声を掛けてきた。
年の頃は我々と同じ位か。
どうやらニーノの顔見知りのようで、簡単な挨拶を交わして、その後少し離れたテーブルに一人で席についた。

「あんたらにええもん見せてやるわ」

ニーノが胸ポケットから日本の免許証入れくらいの、大きさも色・形も似ている、ごく薄い手帳のようなものを取り出した。 (続く)



金木犀

by もう老年

ついこの間、ほんの半月前まで
まるで秋らしくなかったのに
急に寒くなった今年、

ふと気がつけば
金木犀の
あの甘やかな香りに
つつまれた記憶がない。

もの心ついた頃から
「私は、他の誰よりも
木犀の香りを愛している」
心秘かにそう思っていた。

しかし今年、そんな私を置き去りにして
一瞥もくれず季節は私のそばを通り過ぎたのだ。

実に気前よく
当たり前のように与えられていたものを、
ある時を境に前触れもなく奪ってしまう。

残酷な、あまりにも残酷な仕打ちではないか。

秋の日の終わりに、諦めるしか術はない私よ
ああ、もう風の声に耳を傾けるのはよそう。
静に静に落日を待つのだ。



瓶ケ森に恩師を置き忘れた!

by ハッチョ

 昔々八幡浜高校登山部だった連中が、恩師(愛称:クマさん)の定年を機に引っ張り出してちょこちょこと山遊び。
石鎚からの帰り道、瓶が森からそれぞれ車に便乗して下山。面河の食堂で昼食をとることになったがどうしても注文の数が合わない。
「誰がおらんのや。おらんやつは手をげてみい」と最初は冗談を言ってたが気がつけば恩師がいない。あわてた生徒たち自分の車にだれを乗せたか突き合わせてみると誰も恩師を乗せていないことが判明。

 すわ一大事、こともあろうに恩師を1800mの山の上に置き忘れてきたらしい。
「アホカすぐ迎えに行け」最年長の長老(生徒)が自分のことは棚に上げて命令する。しかしそこはそれ昔の先輩後輩。命令系統はしっかりしている。すぐに2台の車で恩師を拾いに出発。山の上まで1時間、往復2時間「こりゃ飯もまずいや」と思っていたらものの10分位で戻ってきた。見るとその後ろにもう一台別の車がいて、その車に恩師が鎮座ましましている。

 聞けば恩師は”キジ撃ち(小便)”に行って戻ったら誰も居なかったという。たまたま通りかかった知人の車(そんなにたくさんの車や人が通るわけではない。県内各地の高校で校長まで務めた恩師の顔の広さがここで役に立った)に乗せてもらい帰る途中、我々とはぐれた別のメンバー(2人)の車と出合いそちらに乗り換えて下山したとのこと。

「お前達というやつらは(なんと薄情な)」と嘆く恩師を前に、生徒たちは叱られる犬のごとくかしこまってうなだれていました。(皆もう還暦前、そう見せるだけの演技力は心得ている)

 でも本当に可哀そうなのは、居ないことに誰も気づかれず、図らずも恩師を拾った2人の元生徒。途中で恩師と出会わなければ、彼らそのまま誰にも気づかれず置いてけぼりになったはず。

後日、いい加減な生徒たちの仕打ちは奥方の耳に届き、恩師に対する叱責となり、この時を境に奥方が、「殿」のお守役兼生徒たちのお目付け役として参加するようになりました。

あぁ、われらの尊敬してやまぬ恩師も妻の前ではただの「だらしないおじさん」。
生徒たちは、その境遇を淡々と受け入れている恩師をますます尊敬するようになったとさ・・・。



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